歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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ヒカゲモノ2/3

※百合ってる

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんで真莉はそんなに可愛いの?」
一緒に暮らし始めて一週間が経った頃、朝食の席で彼女が言い放った言葉がこれだった。冗談だろうが微妙に顔をしかめている。
「私は庵の方が綺麗だと思うんだけ、ど。」
言っている途中で恥ずかしくなって俯く。この癖がどうにも治らない。彼女は彼女で難しい顔をしている。
「使ってるモノなのかなと思って、一週間真莉のシャンプーと洗顔料を使ってみたのね。」
「……えっ、そうだったの?」
「やっぱり気づいてなかったか。」
彼女が顔を寄せてくる。近い。
「ほら、真莉フレーバー。」
「ふ、フレーバー……本当だ。」
「つまりシャンプーは関係ないと。」
「……庵は、そのままでいいっ、てば。」
「あーもー羨ましいよ真莉ぃー。」
「だから、庵は……もしかして言わせてる?」
彼女はにやっと口端を吊り上げる。
「ちょっとは面白かった。」
「ちょっとって。」
「残りは内緒。」
「何それ?」
彼女が眩しそうに目を細める。彼女が嬉しそうなら、それでいい、かな。
「真莉のごはんがおいしいってこと。」
「それはよかった?」
話がひらひらと飛ぶ。蝶のように逃げられて、でも捕まえようとは思わなかった。意味もなくフォークを回す。メープルシロップの染みたフレンチトーストが、じんわりと体を温める。胃袋がっちり。女性の胃袋を掴んで効果はあるのだろうか。あったらいい。
「今だから言うけどさ、赤兎。あれって真莉をイメージしたんだと思うんだよね。」
「そうなの? あの子、庵の作品だったのね。」
「買ってきたと思った?」
ふふふ、と彼女が笑う。
「だって、職業知らなかったもん。」
プロの作品なのだから買ったと思って当然じゃないか。職業を知ってからも、なんとなく買ったモノだと思っていた。
「それもそうか。」
「庵のお手製ならなお嬉しい。」
「一点モノだからね。」
世界にひとつしかない。一点モノ。なんていい響き。
「私も何かあげれたらいいんだけど。」
「んー、こうしてごはん作ってもらってるし、充分過ぎるくらい。」
彼女は言い終わらないうちにもごもごとフレンチトーストを頬張る。リスみたいだ。
「あ、そうだ。」
さっき頬張った分はもう喉を通ったのか、すっきりした顔で彼女は言う。
「真莉、私の名刺描いてよ。」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パソコンを起動する。ペンタブを繋ぐ。描画ソフトを開く。新規キャンバスを開拓する。そして考え込む。
「何描こう。」
名刺、だから背景はシンプルな方がいい。文字が読みやすい配色で、それでいて目を引く。今までたくさん絵を描いてきた。だけど名刺を描くのは初めてだ。自分はイラストカードを名刺代わりにしていたし。でも今回の主役は絵じゃない。
「……何描こう。」
良くも悪くもこの名刺が彼女の沽券に関わる。頭皮を掻きむしりたくなる。後にも先にも私をここまで追い詰めたお願いはないだろう。パソコンをスリープ状態にして立ち上がる。
「庵、紅茶飲む?」
ひとまず落ち着こうと思った。

紅茶のカップから口を離した彼女が頬杖をつく。私はまだ彼女の正面に座ったことがない。隣にいるだけで顔が火照るのに、彼女を真正面から見ようものなら爆発する。
「真莉さ、あんまり考えなくていいよ。名刺。ササッとでいいから。」
「でも、ちゃんとしないと。」
「私は名刺が欲しいっていうか、真莉が私に描いてくれた絵が欲しいだけ。」
「うっ、それならなおさら。」
「考えすぎてもなんだし、気分転換、気分転換。」
「そう?」
「というわけで、出掛けよう。」
「……っえ?」
「だから、出掛けよう。」
彼女が、出掛ける。いってらっしゃい? え、私と? 彼女と私?
「えっと? それって、でででデート?」
「一緒に住んでるのに何驚いてるの。」
彼女が私の耳を引っ張る。熱くなっているのに気づかれてしまいそうで気が気でなかったけど、もう気づかれているような気もして、頭がこんがらがってくる。
「そ、れもそうね。」
「決まり?」
「……きまり。」
「じゃあカップは私が片付けるから、真莉はとびっきりおめかししてくるよーに。」
彼女が私の鼻先を指で突く。ぶひ、と言いそうになるのをすんでのところで堪える。キッチンに向かう彼女の残り香が私と同じで、それが少しくすぐったかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃーん。」
彼女が向かった場所は、天井の蛍光灯が眩しい、倉庫のような店だった。
「材料の仕入れ?」
「そ。もー、見てるだけで高まるよね!」
「へぇ。」
私が画材に対して感じるモノと同じだろうか。私は基本デジタルで作業をしているけれど、色とりどりのマーカーや絵具を目の前にすると気分が高揚する。好きな色があればなおさらだ。
「着色料のコーナーとかは真莉も楽しいかも。」
「なら見てこようかな。庵は粘土?」
「うん、決まったら探しに行く。」
「了解。」
一旦彼女と別れて、着色料コーナーを目指す。天井から垂れ下がった看板によれば、もう2ブロック先のようだ。所狭しと並ぶ棚に体をぶつけないように歩くうちに、着色料コーナーのカラフルな刺激が強まってくる。棚には大小様々な瓶が並んでいた。
「食紅みたい。」
最初に出た感想がそれで、もう食紅の瓶にしか見えなくなる。瓶をひとつ手に取ってみると、色鮮やかなのは蓋だけで、中身は黒っぽい。これだけ濃ければ一滴やそこらで色がつくのも頷ける。絵具とはまた用途が違うんだと、妙なところで感心した。光に透かすと若干本来の色が見えて、そんな仕掛けめいたところも面白い。
「真莉発見。」
「ん、決まった?」
「バッチリ。気に入った色とかある?」
「そうだなぁ、これとか?」
「いいね、買い。」
「買うんだ!」
「新しい色に挑戦したくて。じゃあ会計して来るから待っててね。」
「はーい。」
ライムグリーンの瓶を受け取った彼女を見送って、これで外出は終わりなのかと少しだけがっかりする。デートってもっとこう、違うんじゃないか。
「仕事が絡まない、買い物、とか。」
口に出してから、なんだか彼女はそういったものと無縁な気がして、首をひねる。せめて外食、とか。彼女は何が好きなんだろう。家では気を使ってか何でも美味しいと言ってくれて、嬉しいんだけど、ちょっと不安になる。
「お待たせ。」
「おかえり。」
「次行こうか。」
「次?」
「映画でもどう?」
買った物を背負っていたリュックに仕舞い込みながら、彼女が視線をよこす。私は一も二もなく頷いていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ほ、ホラーだとは、聞いてなひ……。」
「ごめん、もしかして苦手だった?」
「庵、私帰るね……?」
「待った待った。大丈夫だって、手握っててあげるから。」
「う……絶対離さないで。」
館内の空調と緊張とですっかり冷え切った手が、彼女の手に包まれる。にぎにぎとその手を確かめて、少し安心する。スクリーンに映る広告を眺めながら悶々とする。今から寝てしまえば怖くない? でもそうしたら後で彼女と感想を言い合えない? せっかくお金を払ったんだからちゃんと見ないと? そうこうしているうちに本編が始まってしまう。彼女の手を潰れるくらいに握って、恐怖に備える。彼女は私を落ち着けるように、親指で手の甲を撫でてくれた。

映画の内容は言わないでおく。思い返すのも怖い。悲鳴も音にならないくらいで、もともとホラーが苦手な身としては金輪際出会いたくない代物だった。2時間近くも彼女と手を繋いでいられたという事実が霞むくらいだ。私がここまで衰弱しているというのに彼女はケロリとしていて、どこからその元気が出てくるのか切実に問いたい。
「私、もう庵とは映画に行かない……。」
「そんな! ごめんって、今度から予告するから。」
「此の期に及んでホラー見る気だ!?」
「そろそろ夏だもの。」
納涼のつもりだったのか。涼どころか冷や汗が乾いて寒いくらいだ。嬉々として映画の感想を語る彼女が、一気に遠いものに思えた。
「別の人と行けばいいじゃない。」
「真莉以外と行く気はない。」
「なんで?」
「友達いないから。」
彼女の手が髪を梳く。微妙に噛み合わない会話に首を傾げながら、照れ隠しだったら嬉しいな、と思う。
「コンビニ寄っていい?」
「うん。」
結構遅い時間になってしまったので外食チェーンもスーパーも開いてないだろう。切らしていた牛乳は買っておきたい。
「何買うの?」
「牛乳。」
「じゃあ明日の朝はカフェオレがいい。」
「ん。」
照明が眩しいコンビニで牛乳を買って、街灯も必要ないくらいに明るい夜を歩く。
「持つよ。」
「あっ。」
牛乳の入った袋を彼女がつかむ。
「だめ、私が持つ。」
彼女の手から袋を奪い取る。
「あぁっ。」
彼女が負けじと袋を引き寄せようとする。
「もう。」
袋を持つ彼女の手に指を絡ませる。彼女が驚いたようにこちらを見るけど、私は目を合わせない。正確に言うなら合わせられない。彼女は隠すように手を引き寄せて、指を絡め返す。綺麗に組み合った指が解ければ、袋が落ちてしまう。家に着くまで、ずっと手を繋いでいなければならない。
「私達、変だよね。」
「変だね。」
数秒顔を見合わせて、俯く前に目を閉じて笑う。彼女も笑っていたんだと思う。
「私、知ってるんだよ。」
「何を?」
「庵、私が寝た後にお酒飲んでるでしょう。」
「……なんで気づいたの?」
「冷蔵庫の奥に隠してるの、バレバレ。」
「うん、そんなことだろうと思った。」
「どうして内緒にしてたの。」
「真莉がお酒嫌いなのかと思って。料理酒も使わないじゃない。」
「別に嫌いなわけじゃないよ。料理酒使わないのは、料理からお酒の香りがするのが苦手なだけで。」
「つまりお酒苦手ってことでしょ。」
実を言うとそんなに得意ではないのだけど、彼女が酔っている姿を天秤にかけると、苦手なお酒を飲むことくらい何でもない。
「違うもん。とにかく、今日の酒宴は私も混ぜること。」
「今日飲むの? いいけど、無理しないでよ?」
「無理じゃない。」
勢い膨らませた頬を彼女が突く。ぷしゅっと空気が抜ける。
「あと、梅酒しかないよ。」
「何でもいい。」
彼女は梅酒が好き、と脳内にメモした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
手汗で何度か袋を落としそうになりながら、どうにか家に着いた。牛乳を冷蔵庫にしまって、ついでに奥に隠れている梅酒の缶を引っ張り出す。おつまみになりそうなモノは、ベーコンくらいしかない。梅酒とベーコンは合いそうにないので諦める。結局缶だけを持って戻って来た。
「本当にバレてた。」
「味噌の裏にあったら、普通気づくよ。」
「参りました。」
缶を座卓に置いて、彼女の隣に座る。彼女は待ってましたとばかりに缶に手をかけて、プルタブを倒す。私もそれに習って缶を開ける。缶の口から覗く水面で気泡が細かく弾けていた。
「かんぱーい!」
「か、かんぱーい。」
彼女が掲げる缶に恐る恐る自分の缶をぶつけて、中の液体を流し込む。口の中でふわふわと弱い炭酸が踊って、アルコールの香りが鼻から抜ける。
「梅酒だー。」
「梅酒だもん。」
頭が熱くなってきて、中身のない会話が湧き出てくる。どういうペースで飲めばいいのかわからなくて水面を見つめたり、こくこくと動く彼女の喉が面白くて、横ばかり見ているうちに彼女は飲み終わってしまった。
「真莉、いらないならくれていいよ。」
「えっ。」
「さっきから飲んでないから。」
「もう1本持ってきたら?」
冷蔵庫の方向を指差しながら言うと、彼女は口端を吊り上げる。
「それがいい。」
言うが早いか彼女は私の手ごと缶を掴んで、飲んでしまった。間接キスだ。どうしよう。
「……庵、酔ってる?」
「酔ってる。」
言い切った彼女の顔は赤い。なんだ、庵だってそんなに強くないじゃないか。ちょっと笑えてきた。
「まだ飲む?」
「む。」
肯定か否定か曖昧だけど、肯定と受け取って冷蔵庫に向かう。冷えた缶が手に心地よい。私もある程度回ってきているみたいだ。
「はい。」
「あんがと。」
缶を彼女に手渡して、さっきよりくっついて座る。彼女は早速缶を開けている。私もプルタブを倒して、気持ち豪快に飲む。ほかほかと体があったかくなってきて、心音がほんのり速くなる。飲みかけの缶を置いて、床についている彼女の手に自分の手を重ね、私の方が熱いことに驚く。
「私、変だよね。」
「私も変だよ。」
飲み終えた缶を置いた彼女がこちらを向く。半目の彼女は私の手の下から手を引いて、返す刀で私の肘を打つ。まんまとバランスを崩した私は、そのまま彼女の胸に倒れ込む。遅れてついてきた彼女の手が背中に着地する。
「残ってるの飲んでいい?」
「私に飲ませる気ないのね?」
「へへ、当たり。」
今の彼女は相当ゆるい顔をしているのだろうけど、彼女が離してくれないので見えない。彼女は本当に私の分を飲んでしまったようで、盛大に息を吐く。
「ね、真莉。」
「なに? もう1本?」
「楽しいね。」
彼女の手が緩んだ隙に顔を上げる。半目だった彼女は三分の一目くらいになっていて、もうほとんど閉じている。赤ら顔の彼女の笑顔はいつもと少し違って、幼さが見え隠れしていた。
「……キスしていい?」
どうしていきなりそんな言葉が出たのか解らない。私ももしかしたら相当酔っているのかもしれない。
「いいよ。」
言いながら彼女の手が私を押さえつける。
「本当?」
再び彼女の腕から抜け出しながら、彼女の顔を見上げる。笑っている。半目に戻って、口端を吊り上げて。
「真莉は疑うのが好きだ。」
挑発するような言葉にムッとして、彼女の肩を押す。彼女は簡単に倒れて、それでも笑顔を崩さない。
「無条件に信じるのって、怖いよ。」
それでも信じているつもりでいた。
「私は真莉のこと信じてるのに?」
「じゃあ何されてもいいの?」
「モノによるかな。」
「ほら、全部じゃない。」
いちいち確認しなきゃ安心出来ない。
「限りなく全部に近いよ。」
「何だったら嫌?」
「真莉に殺されること。」
「殺されるのは誰でも嫌でしょう。」
「そうじゃなくて、真莉に殺されなきゃいけないっていう、そんな状況になるのが嫌。」
「私は庵を殺したりしないよ。」
「わからないよ。」
「庵だって疑うんじゃないの。」
倒れたままの彼女に覆い被さる。鼻が触れ合う距離で見つめ合う。彼女の顔にかかった髪を払って、そのまま噛みつくように濡れた唇を重ねた。彼女の柔らかい唇がゆっくりと動く。少しだけ顔を離して、彼女の手を掴む。
「まだ私の事信じてる?」
「どうだと思う?」
口角を上げる彼女に、笑い返す。お互いの息がかかる。彼女の唇をつうと舐めて、もう一度唇を合わせる。唇の隙間から舌を差し込んで、触れた彼女の舌をそっとなぞる。
「んっ……。」
彼女の胸がとくんと跳ねる。息をするのも忘れそうになる程に彼女しか見えなくて。このまま時が止まって終えばいい。そう思うのに、彼女の指が、私の掌を掻くように動く。それがくすぐったくて、唇を離す。ふたりして深呼吸する。
「……ちょっと信じられなくなった。」
「嘘吐き。」
最後に啄むように口を吸う。名残惜しいけれど体を起こして、飲み終えた缶を抱える。
「おやすみ。」
「……おやすみ。」
彼女は寝そべったままでひらひらと手を振る。缶を抱えたまま小さく手を振って、シンクに缶を置き、そこで力尽きた。

 

 

もうちょっと続く

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