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縁起でもない延期
 カチリと硬質な音がして、首元を圧迫する白に眼が、眩む。一瞬だ、痛覚は一瞬のことだ。それでも、忍び寄る死の恐怖に抗えない。円錐を途中でぶった切ったような器具の、そのいやにつやつやした表面に、寂しく揺れる自分の両眼が映る。最期に見るのが自分の顔なんて、いやまだ、最期と決まったわけではないけれど。どうせいつか死ぬ。それはわかっている。問題はいつ死ぬかなんだ。次の瞬間には鮮血を撒き散らしながら息絶えているかもしれないし、務めの途中で、知らない星で、冷たくなっているかもしれないし、この星に帰ってきて天寿を全うするかもしれない。わからない。
「お願いします。」
 声が震えているのがわかった。恥じ入る余裕すらもない。宇宙飛行士の適性試験。受験者は毎年数十人、合格者は今までで数人、その全員が行方不明。
「いや、」
 違ったか。ひとりは帰ってきた。死体になって。炭化してぼろぼろと崩れる体毛、黒く焼け焦げた皮膚、色を失った眼。ああはなりたくない、でも、ああなってしまうんだろうなと、静かに思う。今すぐにでも逃げ出したい。どうして応募してしまったのかなんて、それは。
 ヒリ、と冷たく鋭利な線が走る。始まった。硬くしなやかな異物が、ゆっくりと肉を引き裂いていく。ゆっくりというのは錯覚かもしれない。どれくらいの時間が、流れたのかもわからない。
「忘れないで。」
 弟の顔だった。それ以外は、まるで何も見えなかった。私が今期最後の応募者。今期の枠を埋めたって、来期の枠は空いている。こんなのは時間稼ぎにすぎない。誰だっていつかは死ぬ。でも。少しでも先延ばしにできるならそれでいい。
 頸椎に達したな、と思ったのを最後に暗闇に放り出された。

◇◆◇◆◇◆◇◆
 目を覚ました。その事実にまず驚いた。
「生きてる。」
 ひどくガサついた空気の塊が喉の奥から押し出される。最初はそれが何なのかわからなくて、遅れて自分の声だと気づいた。切れた声帯が完全に修復されていないのだろう。
「生きてる!」
 目頭がかあっと熱くなって、鼻の栓が緩くなったのがわかる。笛のように鳴る喉で精いっぱい息を吸って、思いっきり噎せた。
「あは、これで、宇宙飛行、士だ。」
 真っ白なシーツにぼたぼたと斑点を作りながら、乾く歯も気にしないで笑った。先延ばしにできるなら、何だっていいのだ。
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201704302359
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