歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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 蝶が見たいと思った。

 暗褐色の壁、床、天井に囲まれた小さな部屋。娯楽と呼べるものは壁の三方に寄り添うように設置された本棚、にまばらに収められた十数冊の本。本棚のひとつには穴が空いており、毎日の糧が気づけば置かれている。本棚のない壁には鉄格子の嵌った窓、ガラスは嵌っていないため雨や雪が時折吹き込む。手は届くが外の景色を伺い知ることは出来ない。空はいつも青かった。雲も雨も雪も青かった。
 ある時本で読んだ。本はいつの間にか入れ替わっており同じ本を一度として読んだことはない。その時読んだのは確か辞書で、細かい字が薄い紙にびっしり敷き詰められていた。蝶。ひらひらと舞う翅。外を飛ぶ昆虫。
 食事はいつも決まってロールパンひとつとひとかけのバターだった。パンを食べてしまってから、バターを掴んだ。窓に向かって投げた。届かずに壁にぶつかった。ぐちゃりと音を立てて潰れた。
 次の日も投げた。窓に届きはしたが今度は鉄格子にぶつかって向こう側へ落ちた。鉄格子の隙間に向かって投げられるようになるまで数日を要した。鉄格子の隙間を抜けた欠片も、向こう側へ落ちていった。
 寒くなってきた。バターを薄く削った。投げると、ぺたりと音を立てて床に着地した。雪を集めた。それでバターを冷やしてより薄く削った。一回転して落ちた。
 翅に重りをつけてみた。投げた。
「ああ、」
 鉄格子を抜けて、青い空へ。すうっと消えていく。

「蝶だ。」

 この部屋では彼の思ったことが全てだった。彼にとってそれは確かに蝶だった。
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