歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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解なし、または複数解

「ねえ。」
 ペルシャ絨毯に不似合いな炬燵に顎をのせながら、目の前で蜜柑をむいている彼に問いかける。
「なに? 半分食べる?」
「うん。」
 綺麗に筋まで取られた蜜柑を半分受け取る。そのまま口に放り込んだ。甘酸っぱい果汁が口内に広がる。あたりだ。正月くらいは帰ってきてくれとせがまれて三ヵ月ぶりに母国の大地を踏んだ。もともと一人でも平気な方だったし彼とも連絡を取り合っていたから、半年ほど帰らないつもりだった。それでも、呼ばれたら帰ってきてしまうんだなぁと、使い込まれた飴色の天板を眺めながら思う。
「そうじゃなくて。」
「ん? ああ、炬燵、やっぱり買い替えた方がいいよな。大分年季入ってるからね。」
「炬燵はこれがいい。」
「ならアイス持ってこようか。何味がいい?」
「抹茶がいいけどちょっと待って。」
 炬燵から出ようとする彼を呼び止める。こういちいち世話を焼かれていては炬燵から出られなくなる。座り直すと彼の爪先が私のかかとにぶつかった。ごめん、と呟く彼に首を横に振って答える。
「あのさ。」
「うん。」
 黒縁眼鏡の奥で気弱そうな目がふわりと細められる。手元にカメラがないのが惜しい。かわりに両手で四角を作って目の前に掲げてみた。
「かしゃ。」
「いえーい。」
 ピースまでつけてくれた。途端に恥ずかしくなってきた。子供か。
「それがしたかったの?」
「いや、違う、けど。」
 喉の奥で問いが絡まって解けない。彼は待ってくれている。いつも、待っていてくれる人だった。どうしてなんだろう。唾を飲んで絞り出す。
「……私といて楽しい?」
「楽しいよ。」
 即答だった。
「なんで?」
「なんでって……なんでかな?」
 ゆるゆるとはねた鳶色の髪をかく。年末はどこにも行かないで年賀状だけひたすら書いていた。私が撮った写真を使ってくれた。君とのツーショットを載せたいんだけど、と言われたが絶対に嫌だと言った。私が写った写真が各家庭にばらまかれるなんて御免だ。じゃあ大事にしまっておこうと言っていた。とことんプラス思考だ。
「理由もなく楽しいの?」
「そもそも理由って必要?」
 言われてはっとする。彼女もそんなことを言っていた。私はあの時も、今もそれがわからない。
「わからない。」
 私にはわからないものが、彼や彼女にはわかる。それが羨ましくもあって。
「永実。」
「なに?」
 名前を呼ばれるのは久しぶりだ。私はこんな名前だったなぁと、他人事のように思う。
「そのうち君も要らなくなるよ、理由。相手は僕じゃないかもしれないけど。」
 眼鏡を遠ざけて、だんだん彼の両目が小さくなっていく。ヒラメみたいだ。カレイだっけ。どっちでもいか。
「……いいえ。」
 小さく呟く。眼鏡をかけ直した彼が小首をかしげるが、続きはしまっておくことにした。
「何味にするの?」
「え?」
「アイス。」
「……バニラ。」
「私は抹茶。」
「うん。」
「取ってきてくれるんじゃないの?」
「ああ、そうだった。」
 腰を上げる彼に両手を合わせて、お願いしまーすと茶化す。本当に炬燵から出られなくなってしまいそうだ。散らかっていた蜜柑の皮を集めて彼に持たせる。
「これも。」
「はいはい。」
 しばらくしてアイスとスプーンを手にした彼が戻ってくる。いつもの少しお高いカップタイプだ。このメーカーは抹茶が濃くて大変よろしい。
「ね、永実。」
「ん?」
 緑の湖畔にスプーンを突き立てながら生返事する。
「ひと口もらってもいい?」
「いいけど。」
 何も考えずに答える。答えてからスプーンに乗っていた欠片を口に放り込む。咀嚼しながら今のあげればよかったなと思い、もう遅いなと思い直す。カップを彼の方に押しやって、こちらがあげるからには向こうのももらわなくては筋が通らない、身を乗り出してバニラのカップに手を伸ばす。一応お伺いを立てるつもりで顔を上げると、すごくぽかんとされていた。
「なに?」
「いや、珍しいなと、思って。」
 何か珍しいことがあっただろうか。ふたりして目を瞬く。
「ひと口くれるんだよね?」
「だからあげるってば。」
 カップを取ろうと下を向くがすぐに彼の手に遮られる。なに、と言いかけた口も塞がれる。バニラと抹茶が舌の上で溶け合って、冷たかった口内も瞬時に熱を帯びる。そうだった、彼はこういう回りくどいことを平気でするような男だった。今更のように思い出して、それでも、嫌な気はしないものだなと思う。絶対に言ってやらないけど。
「回りくどい。」
「ごめんって。」
 柔らかな髪をかきながらへらへらと笑う。そういう顔をされるとどうも怒る気をなくしてしまう。
「まぁ別にいいけど。」
 なんだかんだ私はこのひとに毒されているんだろうなと思った。あまりに穏やかで、遅効性の毒だ。
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