歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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九月二日『エンドロール』

 九月二日。晴れ。

 祖母の家を引き取ってから十五年になる。老人の一人暮らしに親族は何かと反対したが押し切った。夜に出歩けば徘徊と騒がれ、まったく老人とは面倒な身分だ。金星人が地球へやってくるようになってから、この辺りにも家が増えた。海色の髪をした彼らは純粋に地球を楽しみ、永住を決め込む者もいる。ここにいれば彼女が帰ってくるんじゃないかと思って、日が照っている間は街を歩きその姿を探す。
「わかっているんだ。」
 はやい話、そこらを歩く金星人に訊いてみればいいのだ。ヒノという宇宙飛行士を知らないかと。彼らが地球に来られるのは彼女のおかげなのだから、知らないということはあるまい。でも、訊けば帰ってくるのは絶望の様な気がして、ずっとずっと先延ばしにしている。
「すぐ来るって、言ったじゃないか。」
 金星で幸せにやっているのだろうか。そうだといい。何もかもうまく回っていればいい。噛み合わなかった歯車など置いて回っているといい。
「嘘だ。」
 本当は会いに来てほしい。会いに行く勇気のなかった自分を笑い飛ばしてほしい。何にもなれずにここまで来てしまった自分を。
「ああ。」
 陽が落ちてきた。帰らなければいけない。誰もいないあの家へ。足取りは重く、生温い風が頬を撫でていく。帰ったら、朝顔の花を摘まなければ。少しでも多く花を咲かせるように。
「ただいま。」
 暗い玄関へ向かって声をかける。もちろん返事があろうはずもない。三和土に座り込んで靴を脱ぐ。
「おかえりなさいなのデス。」
 後ろから懐かしい声がした。振り返りたい衝動に駆られる。振り返ってはいけない。そこに何もないを知ってしまえばこの夢からはいとも簡単に覚めてしまうのだろうから。
「遅かったじゃないか。」
「ヒロトが生き急ぎすぎなだけなのデス。」
「はは、よく言うよ。」
「どうしてこっちを見ないのデス。」
「……意地悪だな。」
 逆らい難い何かに動かされるように振り返る。
 海色の残滓はなく、緑色の斑点が踊っているだけだった。
「本当に意地悪だよ、お前は。」
 もう少しくらい夢を見せてくれたっていいだろうに。ため息も息吹も何もかも、夏の薄暗闇に消えていった。
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