歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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八月三十一日『さよなら』

 八月三十一日。晴れ。

「今日で最後だな。」
「ハイ。」
 明日は始業式だから今日の夜にはもう実家に帰る。発射場の近くまでは祖母が彼女を送ってくれるそうだ。
「実はひとつ隠してたことがあるのデス。」
「隠してたこと?」
「以後地球時間で二か月の浄化機関が必要になりますガ、ヒノは地球時間で三分だけ、宇宙服なしで呼吸できるのデス。」
「……三分だけ宇宙服脱げるってこと?」
「端的に言えばそうなのデス。」
「うん、で?」
「地球人によりうまく擬態するために地球人の皮膚組織について調べなければならないのデス。」
「そうか、で?」
「その、ぺたぺたしてもいいデス?」
「はぁ、どうぞ。」
 びっくりしたように目を瞬かれる。何か変なことを言っただろうか。相槌しか打ってないぞ。
「い、いいのデス?」
「何だよ、さっさとしろっての。」
「タイマーをセットしておいてほしいのデス、地球時間を正確にはかる自信はないのデス。」
「はいはい。」
 台所からタイマーを拝借してきて、三分にセットする。それを見届けた彼女は虚空に向かって人差し指を突き出した。途端に破裂音がする。見えないからわからないがかなり粉々になった感じの音だった。
「……なんか今再起不能っぽい音したけど。」
「三分の間に再生するから問題ないのデス。」
「そうなのか……。」
 そういえば微生物の集合体だと言っていたな。なおさらあんな乱暴でよかったのだろうか。
「触ってもいいのデス?」
「さっきから何だよ、別に怒りゃしないって。」
 両手を広げて敵意がないことを示す。頬を両手で挟まれる。頬骨がごりっと音を立てた。
「もーちょっと優しくお願いします……。」
「わかったのデス……。」
 フェイシャルマッサージみたいにむにむにされる。のびる。それから二の腕をぺたぺたされて、肘を曲げられて、手のひらと手のひらを合わせる。
「手ちっちゃいな、お前。」
「ヒロトが大きいだけなのデス。」
 彼女の指先は俺の指の第一関節にも達していない。手のひらの感触は猫の肉球に近かった。手の甲はどうなのかと思って指を曲げる。もふっとしていた。指先でもふもふしていると、ぎゅっと手を握りこまれる。驚いて顔を上げるとなんか俯いてぷるぷるしていた。
「くすぐったいからやめるのデス……。」
「え、何お前笑ってんの? 見せろ。」
「やなのデス……くくっ。」
「顔あげろっての。」
 くすぐりながら覗き込もうとするが驚異的な体の柔らかさで躱される。おへそとおでこがくっついちゃっている。横から覗き込もうとしたら手を繋いだままなのを忘れていて、そのまま畳の上に転がり込む。丸まっていた彼女も伊達巻みたいにくるくると解ける。不安定な呼吸と上気した頬と薄く涙をためた目が一気に目に飛び込んできてどうしていいかわからなくなる。もう俺の中では宇宙人以前にひとりの女の子になっていて、それがむず痒いようなよくわからない気持ちになっていて。彼女はそれに気づいてないんだろうなと思うと、無理やり気づかせてやりたいような気になって。潤んで一層きらきらした目に知らずと追い詰められているような気がして。
「そのままじっとしてろよ。」
 こくこくと頷くのを確認してから顔を近づける。ここまで来て恥ずかしくなってきたがやめるのもそれはそれで恥ずかしいので勢いに任せて口づけた。ふに、と空気の抜けるような感触がする。柔らかいペットボトルみたいだ。
「んむ。」
「あ? んだよワアア!」
 口を離したとたんにタイマーが鳴ってわかりやすくびっくりした。這う這うの体でタイマーを止める。心臓に悪い。彼女はよくわからない動きをしているがたぶん宇宙服を着ているんだろう。
「ヒロト。」
「はい。」
「さっきのは何デス?」
「……。」
「……?」
「……っさ、さよならの挨拶だよ。」
 この日はじめて、彼女に嘘を吐いた。
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