歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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八月十八日『傷』

 八月十八日。今日だって暑い。

 黒手袋にネックウォーマーに膝丈のブーツ。腰まである長い髪はくくられることもなく垂れ落ちている。この暑いのに。この暑いのにそんな恰好でいて汗ひとつかかないのは不公平だと思う。あと単純に見てるだけで暑い。
「おい。」
「何デス。」
「何で日本家屋内で土足なんだよ、脱げ。」
「それもそーデスネ。」
 いそいそとブーツを脱ぐ。白いふくらはぎが眩しい。裸足の指がいやに官能的で必死に目を逸らす。
「それから手袋。とりあえずパイン汁を洗え。」
「後でするのデス。」
 手袋を脱いで床に放る。お洒落なのか何なのか爪が青かった。
「それとネックウォーマー。暑苦しい。」
「これはだめなのデス。」
「なんでだよ。」
「……首に、傷があるのデス。」
 ネックウォーマー越しに首を触りながら目を伏せる。長い睫毛と薄い瞼で、その色も窺えなくなる。
「……ごめん。」
 ネックウォーマーを握りしめるその手はかすかに震えていたけれど、どうすることもできなかった。
「でも、これは宇宙飛行士には必要不可欠なのデス。」
「傷が?」
 首に傷があること自体珍しいだろう。それが宇宙飛行士の資格とどう関係するというのか。
「首を落としても、死ななかった、者だけがなれるのデス、宇宙飛行士ハ。」
「は、」
「帰ってこれるかもわからない虚無に放り出される、そしてそれに耐えて帰ってくる、可能性があるとはそういうことなのデス。」
「じゃあ、首切って、死んだら?」
「そこで終わりなのデス。ヒノは運が良かったのデス。」
「何だよそれ……。おかしいだろ、そんな、そんなこと。」
「でも、ヒノは地球に来れてよかったのデス。」
「……そう、だな。」
 帰れるかもわからないのに放り出されて、帰れるかもわからないのにまたここを出る。ずっとここにいればいいのに、と思っても強制は出来ない。帰れる可能性がゼロでないなら絶対に帰ると言うだろう。
「俺もお前が来てくれてよかったと思ってる。」
 あと十二日間。八月も半ばを過ぎて終わりへと向かっている。
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