歪曲骨家。

創作小説置き場です。

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八月十日『風』

 八月十日。小雨。

 納戸で望遠鏡を探していたときに、面白いものを見つけた。半透明な和紙、ニスでつやつやと光るうちわ。水うちわだ。桶に水を張って、うちわを浸ける。静かに取り出して、ぱたぱたと扇ぐ。水滴が目に入った。
「何デス?」
「水うちわだよ。」
 再び水に浸けて扇いでやる。賢いのか何なのか目を瞑って扇がれていて若干の敗北感を覚える。
「微妙に涼しいのデス。」
「的確だな。」
 そうだ、水滴が飛んできて風が吹いてきて、涼しいと言えばそうなのだが、クーラーの人工的な冷気に慣れた身としては物足りなく感じる。
「まぁ、風流ってやつだよ。」
「フリューウ?」
「……ちょっと説明できる自信ないな。」
「ヒロトは知らないこといっぱいあるのデス。」
「お前は俺より知らないだろ。」
「ヒノは母星のことはよく知ってるのデス。」
「あー、まぁ、そう、だな。」
 歯切れ悪く頭を掻く。うちわを浸けた手まで桶に沈んで、慌てて引き上げる。
「あら、懐かしいものが。」
 廊下を通りがかった祖母が桶に浸かった水うちわに目を留める。
「懐かしいのデス?」
「私が昔使ってたからねぇ。もう何十前になるかしら。」
「そんな年代物だったんだ。」
「今はもうクーラーとか、扇風機とか、溢れんばかりにあるでしょう。水うちわなんて必要ないものねぇ。ずっと仕舞い込んでたのよ。」
「トウコさんはフリューウだったのデス?」
「風流、っていうより当時はそれが普通だったもの。現代になって水うちわなんて使っている人がいたらそれは風流でしょうけどねぇ。」
 と言いながら意味ありげに目配せしてくる。頭を廻る血が全部沸騰したかのように熱い。
「別にこれは、たまたま見つけて、面白そうだと思っただけで……!」
「何を赤くなっているのデス?」
「赤くない!」
「赤いのデス。」
「うるさいうるさい!」
 決してヒノにいい顔をしようだとか、それに失敗しただとか、そういうことじゃない、そういうことじゃないんだ。
「いいか、絶対追いかけてくるなよ、ちょっと散歩に行くだけだからな!」
 ふたりの鼻先に人差し指を突き付けて、負け犬の遠吠えのようなカッコ悪い捨て台詞を吐いて、落ち始めた夕陽に向かって玄関を飛び出した。
「暗くなる前に帰ってきてね。」
「わかってるっつーの!」
 威勢よく駆けだしたものの、小石に蹴躓いて早速死にたくなった。
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