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八月九日『レモン』
 八月九日。酸性雨。

 ぷかぷかレモン。濃縮還元レモンジュースの商品名だ。グラスに一センチばかり注いで、炭酸水で薄める。無糖レモンスカッシュだ。ぷかぷかレモンは豚カツにかけたり調味料として使うのが一般的だが、レモンを絞るのが面倒な時はこうやって使ったりする。祖母宅においてはレモンを絞るのが面倒、というよりはレモンを買いに行くのが面倒、なのだが。最寄のスーパーは三キロ先だ。炎天下の中歩くには少し遠い。だからこそ祖母は畑をやっているわけだが、さすがにめったに使わないレモンをわざわざ植えることはしない。だからこうしてこそこそレモンスカッシュなんかこさえているのだ。スプーンで軽く混ぜて出来上がりだ。乾く喉に任せて口に含む。
「くぅー!」
 思わず感嘆の声を上げてはっとする。祖母は畑に出ているが、念のため周りを見回す。それらしい影はない。落ち着いてレモンスカッシュを味わう。
「……。」
 気のせいだと思いたかった。一瞬青い筋が見えた。
「…………。」
 気のせいではなかったと思い知らされた。引き戸の向こうから青い目が覗いた。
「何を、飲んでいるのデス。」
「ばあちゃんには内緒で頼むな、少しやるから。」
「熱いのデス?」
「え? 冷たいけど。」
「沸騰しているのはないのデス?」
「ああ、炭酸水だよ。シュワシュワすんの。」
「しゅわしゅわ……。」
「飲んでみればわかる。ほれ。」
 半分ほど残ったグラスを彼女に手渡す。恐る恐る口をつけて、ちびちび飲んでいる。数秒固まって、ゆっくりとグラスを俺の手に押し付け、眉間にシワを刻み、目をぎゅっと瞑って、口をすぼめる。
「すぱいのデス……。」
「お前酸っぱいのダメだっけ。」
「喉が溶けるのデス……。」
「そこまで酸強くないから安心しろ。」
「甘いものが欲しいのデス……。」
「ガムシロップでも舐めてれば。」
「どこなのデス……。」
「その辺の棚にあるだろ。」
 後ろでごそごそいう物音を聞きながら、さっき彼女が口をつけたのはどこだったかグラスを手に思案を巡らす。酸っぱい顔が衝撃的過ぎて全然思い出せない。
「ヒロトー……。」
「のわっ!」
「ないのデス……甘味……甘味……。」
「そこにないなら知らね。」
 言い切った勢いで適当に飲み干した。当たり前だけどレモンの味がした。
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201608092045
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