歪曲骨家。

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藍と夕陽に

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 傾きかけた陽が、簾を通して室内を仄明るく照らす。橙と藍が混ざり合った境界を淡く紫が彩る。前文明では『魔法時間』と呼ばれたらしい時間。智を超えた美。眺めていると吸い込まれてしまいそうだったが、突然に聞こえた声で我に帰る。
「『神様』と神官、逃げちゃったみたいですけど。」
 ツカツカと靴を鳴らして玉座の前に進み出てきた騎士がそう報告する。直線的に切り揃えられた髪や、への字に曲がった口はいかにも規律が好きそうだ。藍色の眼が、逆光にも埋もれずまっすぐにこちらを見ている。
「そう、何年かかった?」
 肘掛の上で頬杖をつきながら続きを促す。ちょっと低い。前屈みになって苦しいのでやめた。それと、顔が近いから。
「3年と5ヶ月です。」
「ふーむ、結構だなぁ。」
「追わなくていいのですか。」
「いい、いい。面倒臭いし。」
 手を振りながら殊更面倒臭がっている顔をすると、しかめっ面が少し和らいだ。いつもそうしていればいいのに。
「適当なひとだ。」
「どこぞの奥手さんには言われたくないね。」
 からかうように言った瞬間、空気がピリッと緊張した。引きつった口元、皺の寄った眉間。今までもこいつが怒るところを見てきたが、その比じゃない。真実とはいえ、まずいことを言ったかもしれない。
「誰が。」
 今にも利き手を剣にかけそうな勢いだ。冷たい爬虫類が巻きつくように、首元にひんやりとした空気を感じる。儂の方が立場が上とはいえ、油断は出来ない。
「お前のために規律まで変えてやったというに。ずっと待ってるんだぞ、儂は。」
 それなのに無駄な意地をはって食ってかかる。規律が好きなお前のために、と呟き追い打ちをかけてしまう。騎士はそれを聞いて激昂するでもなく、どうしてか冷めた風に瞬きをした。どうしてもきかない子供を宥めすかすような口調で続ける。
「王だって、解っていらっしゃるのでしょう。」
 達観しきったその言葉にうぐ、と喉が詰まる。藍色の瞳はまっすぐにこちらを見つめている。沈静の色。空気までが凍って、身動きが取れなくなるようだ。目はこちらに向けたまま、への字がほんの僅かに歪む。
「俺に子は成せない。」
 彼女は悔しそうに空気の塊を吐き出す。儂にはきょうだいがいない。王位を継承するとしたら、儂の子、という事になる。
「養子でも貰えばいい。」
「それでは問題が起きるでしょう。」
 解っている。皆こぞって自身の子を養子にしたがるだろう。誰かひとりを特別扱いしなければならない。平等に決めたとして、イカサマだ何だと囃し立てられるのがオチだ。
「ふん、どの口が言えたことか。」
「どういう意味です。」
「儂は知ってるんだぞ。お前が儂の見合い、片っ端から断ってる事。」
 正式な跡取りがいなければ王家は断絶、争いになる。
「王に相応しい人材を篩にかけていたら、すべて不適当だったまでのこと。」
「よく言うわ。」
「王の綺麗な身体に瑕でもついたらことですから。」
 頬に添えられた手を払う。嫌味ったらしい言い方にカチンとくる。
「素直じゃない。」
「お望みなら素直にもなりますが。」
「お前のそういう所が素直じゃないと言っているんだ。」
「カナタ。」
 いきなり名前で呼ばれて驚く。もう何年も聞いていなかったその響き。彼女の声で呼ばれると、ドギマギしてしまう。
「何だ。」
「お前じゃなくて、名前で呼んで。昔みたいに。せめて、今はふたりきりなんだから。」
 わざとらしさを排した演技。ずるい。こうすれば折れるって知ってるから。うまい具合に掌で転がされている気がする。昔っからそんな所が癪に触る。そういえば彼女の名前も、何年も呼んでいない。今更どういう顔をして呼べばいいのかわからない。俯こうとすると彼女に覗き込まれる。藍色と目が合って、逃げ場がなくなる。
「カサギ。」
 意を決して彼女の名前を呼ぶ。どんな風に発音するんだっけ、どんな抑揚で言うんだっけ。何も思い出せないまま言い切ってしまう。
「はい。」
 反応が薄い。というよりは続きを促している。というよりは煽っている。売られた喧嘩は買う主義だ。
「愛してる。」
「……はい。」
 ちょっと目を逸らした。スカッとする。
「返事は?」
 お返しに意地悪をする。ここまで好き勝手言ってきた報いだ。目を逸らしたままの彼女は、襟巻を引き上げて口元を隠してしまう。そのままもごもごと返事をした。
「……他の誰より、愛してる。」
「よろしい。」
「でもこんなの、」
「いいと言っている。」
 立っていた彼女の手をとってしゃがませ、指をかけて襟巻を顎まで下ろす。現れた口元のほくろが艶っぽい。されるがままの彼女の首に腕を回す。同じ目線になったのもいつぶりだろうか。苦しいのも気にならなかった。彼女の藍色に見惚れながら、口付けを落とす。飾り気はないけれど、白く輝く肌が目に眩しい。あんなおカタイ言葉が出てくるとは思えないほど柔らかい唇の感触。小さな顎に収まる歯列。仄かに漂う甘い香り。こんな格好をしていても、彼女はちゃんとドールだ。そしてその柔い唇も、細い首も。儂しか知らない。
「やっぱりノーアとは違うな。」
「当たり前でしょう。」
 目を泳がせる彼女にもう一度口付ける。躊躇うように強張っていた唇も、少しずつ緩んでいく。蕩けるようでクセになってしまいそうだ。
「お前に見合い話があったら儂直々に断ってやるからな。」
「心配しなくてもそんな話は来ない。」
「バレてないとでも思ってるのか? こんなにいい身体をしているのに。」
 ぺたんこな胸に目をやる。
「嫌味ですか。」
 彼女はどうしてか気にしているようだ。あっても良い事ないぞ、重いし。
「何を言う。無駄が無くて綺麗だ。」
 彼女は手で口を覆って、少しばかり照れているようだ。俯く頭の動きに沿って、髪が流れる。
「さっきの話な。」
「何です。」
「実を言うと儂は死んだ後のことなどどうでもいいのだ。」
 彼女は驚いたようにぱちくりと瞬きをする。そして普段は笑わない彼女が、珍しく砕けた表情で笑った。
「……本当に、適当なひとだ。」
 跪いた彼女に手を取られ、甲に口付けされる。くすぐったい。傾いた夕陽の影に遮られて、彼女以外何も見えなくなる。静かに光を湛えた藍は、何にも劣らない宝石だった。
「墓場までお守りしますよ。俺だけの王。」
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