歪曲骨家。

創作小説置き場です。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひだまりの部屋で 2/3

■□■□■□■□■□
少し日が落ちてきた頃、私は茅田さん宅を後にした。ひとつ残したマドレーヌと、お茶へのお誘いを携えて。彼女がどうして私をお茶に呼んだのか、それは結局分からなかった。何にせよ、次は美味しそうなお菓子でも調べて持って行こう。
「今日は寒いな。」
「……あ、パーカー忘れた。」
「いいか、またお茶しに行くんだし。」
ちょうど青になった信号を見上げながら、横断歩道を渡る。
「本日は晴天なり。」
「ただし、少々肌寒し。」
「東の空は晴れ模様、西は少し曇り気味。」
階段を3階まで駆け上がり、乱れた息を整える。エレベーターが恋しい。廊下を歩きながら、自室を間違えそうになる。
「自分サイドの記憶が、曖昧ミーマイン。」
鍵を開けて電灯を点ける。LEDライトの眩しさにクラクラした。着替えもそこそこにリビングへ倒れ込む。仰向けになると、余計に眩しく感じた。閉じた瞼の上にそっとマドレーヌをのせる。甘い香りが鼻先まで降りてきた。
「昔聞いた話。」
「死者の瞼の上に玉葱を置く。」
「すると臭いが鼻まで侵食してくる。」
「死者は耐えきれずに復活する、と信じられていた。」
寝よう、そう呟いたかどうかも分からないうちに、意識は深い海へと沈んでいった。

■□■□■□■□■□
気づけば今日は第2回お茶会イン茅田さん家の日だ。朝の仕事を先に済ませたが、茅田さん宛の手紙はもう混ざっていなかった。着替えて、いつもより念入りに髪を整えてから悩む。
「あれから色々調べた。」
「だがしかし何がいいのか分からなかった。」
「ここまで来て手ぶらは悔しいし、何より申し訳ない。」
「何を持って行ったらいいんだ……。茅田さんは何なら喜ぶのか。」
出発直前になって未だお土産の内容を決めかねていた。閃きを頼って何も置かれていないテーブルを眺め、床を見、最後に棚に目をやる。棚の上からはクリアケースに入った兎がこちらを見ていた。
「兎、ちょっと小さかったんだよね。」
「無意識に小さく作っちゃったんだろうな、その方が映えると思って。」
クリアケースの上にうっすら積もった埃を払う。兎の黒く潤んだ瞳がはっきりと見える。茅田さんの細くて綺麗な指を思い出し、秒針が一周するくらい悩んで、兎を連れて行ってみることにした。細々とした商品用の紙袋にクリアケースごと入れて、引き出しからロゴの入ったシールを取り出す。ひとつ剥ぎ取って紙袋の口を閉じた。
「うん。」
出来上がりに満足した私は、手の平に納まるほどのお土産を持って家を出た。階段を降りるときに縺れそうになる足がもどかしい。信号待ちがいやに長く感じる。エレベーターが降りてくるのが待ち遠しい。やっと開いた扉から中に滑り込む。エレベーターを降りた先では彼女が待っていた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「お待たせしていましたか。」
「いえ、ただちょっと外で待っていたい気分だったんです。」
「そうですか、なら良かった。」
「入りましょうか。」
そう言って茅田さんは扉に手を掛ける。金属のドアノブと形の良い爪がぶつかって、小気味良い音を立てた。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
前回と同じ部屋に通され、茅田さんは紅茶を淹れるのか一旦席を外す。座卓の皿に盛ってあるのは、今回はビスケットだった。手に握っていた紙袋を自分の正面に置く。彼女は正面に座ると思ったからだ。紙袋を置いたついでにビスケットを1枚手に取る。カラッと乾いていて、新しく開けたものだとわかった。塩気のある風味が口の中に広がって、懐かしい感じがした。2枚目に手を伸ばしたところで、お盆を持った茅田さんが戻って来た。湯気を立てているのはマグカップだ。
「今日はホットミルクにしてみました。」
「いいですね。あと、お先してます。」
「たくさん食べてくださいね。」
「美味しいです。」
茅田さんは私の前にカップを置き、その隣にもうひとつカップを置き、お盆を床に置いて私の隣に座った。私はさりげなく紙袋を彼女の前に引き寄せてみた。
「私に?」
「つまらないモノですが。」
「開けてもいいですか?」
「どうぞ。」
茅田さんはシールを丁寧に剥がして、紙袋を手の平へ傾けた。クリアケースがその手に転がり出る。
「指輪、ですか?」
「ええ、出してみてください。」
「赤い兎なんですね。」
「気に入らなかったら持って帰りますけど……。」
「いえ、可愛いです。嬉しい。」
「よかった。手、出してください。」
彼女の手から兎を受け取り、出された左手を取る。中指では少しキツそうだったので薬指にそっと嵌める。支えることなく通った。
「手が白いので映えますね。」
「そんなことないです。」
褒め言葉は素直に受け取っていいんですよ。」
「……ありがとうございます。」
茅田さんは少しだけ俯いて言った。私はなんだか気恥ずかしくなってしまって、誰もいない正面に向き直る。
「どうして茅田さんは、正面に座らなかったんですか?」
「……その、横顔が、好きなんです……貴方の。」
「……えっと、冗談でしょう、か?」
「……褒め言葉は素直に受け取ってください……。」
早口でさっき私が言った言葉を繰り返す。消え入りそうな声で。
「は、い……ありがとうございます……?」
「いきなりこんな事……すみません。」
「いえ、いいんですけど……。」
「たまたま見かけて、綺麗だなって、思ったんです。」
「はぁ。」
「さては、自分の魅力に気づいてないでしょう。」
「自分の横顔なんて見えませんもの。」
「あっ、そうでした……。」
俯いていた茅田さんはさらに俯いた。心なしか耳が赤い気がする。
「とにかく、そういうことです……。あと、私の事は、真莉で、いいです。」
「……真莉さん。」
「……はい。」
「私のことも、庵でいいです。」
真莉さんは勢いよく頭を上げて、私と目が合って、気まずそうに俯いた。
「はい、庵、さん……。」
「よくできました。」
ふわふわの髪を撫でる。指に絡む髪をそのままにしていたい。彼女の頭に手を置いたまま、私は続けた。
「敬語も止めようって、前、言ってましたね。」
「はい、あの……やめてください……。」
「ん。そういえば真莉さん、睡眠不足は解消された?」
「うん、大丈夫……。」
「よかった。」
「ね、あの、頭……。」
「え? あ、ごめんなさい。」
真莉さんの頭に乗せていた手を退ける。名残惜しい。
「真莉さんの髪、柔らかいなって思って。」
真莉さんはちらっと目を上げて、私と目が合って、また俯いた。さっきより耳が赤い。どこまで赤くなるんだろう。
「いつもすぐ、そういう事いうの……?」
「真莉さんだからじゃないですか。」
「やめて……爆発しそう……。」
「爆発は困る。」
ホットミルクを飲んで、床に戻した手が真莉さんの手に触れる。彼女はあからさまにびっくりしていて、なんだか申し訳なくなった。
「真莉さんなら、可愛いとかは言われ慣れてるんじゃないの?」
「いっ、庵さんが言うから……!」
「えっ、こんな声でごめんなさい⁉︎」
「………………いえ……。」
ほとんど座卓に頭をぶつけそうなくらい俯いた真莉さんは、聞き取れるか取れないかくらいの声で言った。
「ミルク、冷めるよ。」
「うん……。」
真莉さんはそろそろと顔を上げて、カップを両手で持った。うっかり可愛いと口に出しそうになったが堪える。これ以上言ったら本当に爆発してしまいそうだ。しばらく無言でホットミルクを飲んだりビスケットをかじったりする。カップが空になる。ビスケットも残り2枚になった。
「1枚ずつ食べようか。」
「……うん。」
ふたり同時に皿に手を伸ばす。1枚ずつビスケットを取って口に入れる。サクサクと一定のリズムで咀嚼し、同時に飲み込んだ。
「ずっと言うの忘れてたけど、私前にパーカー置いていった?」
「あ、うん。取ってくる。」
「ありがとう。」
「ちょっと待ってて。」
真莉さんはパタパタと足音を立てながら部屋を出て行った。風に髪が揺れて、光に透ける。
「なーんか、恋人同士みたい。」
私は曲げていた足を伸ばして、後ろに反り返った。薄いカーテンの向こうには、私の部屋が見える。

■□■□■□■□■□
わざわざ洗濯してもらっていたパーカーを受け取り、真莉さん宅を出る。真莉さんはエレベーターまで見送ってくれた。エレベーターに乗り込み、開ボタンを押したまま手を振る。彼女も指輪の嵌った左手を小さく振り返した。
「じゃあ、また。」
「近いうちにね。」
1階のボタンを押す。閉まる扉の隙間から、真莉さんが微笑んでいた。だいぶ落ち着いたようだ。彼女は私の横顔が好きだと言った割に終始俯いていた気がする。
「まあ。」
「私も本人の見てる前で手をベタベタ触れるかっていうと、触れないけど。」
「それとこれとは似たようなものなんだろうか。ちょっと違う気もするけど。」
手ぶらになって少し軽くなった体で、今なら飛べそうだ。唯一の信号は青。ちょっとだけ心も浄化された気がする。階段を駆け上がって息が切れても、清々しい気持ちが勝っていた。冷蔵庫からカフェオレを取り出して一気に流し込む。パックをたたんで捨ててからおもむろにパソコンを開くと、メールが来ていた。
「ん、取引先からだ。」
「『コラボを予定しているイラストレーターさんが、是非直接コンセプトを伺いたいとのことです。』」
「ふむ。コンセプトか……。ちょっと待てよ、頑張って捻り出さねば……。先方も真面目な人だなぁ。」
長針が一周するくらい悩んで、やっとそれらしいことを思いついた。適度に真面目で適度に不真面目だ。行ける。
「続きがあるな。」
「『日取と場所はこちらでいかがでしょう。』」
「『不都合があればまたご連絡ください。』か。本当言うといつでもいいんだよね。」
「『予定通りで大丈夫です。先方にもよろしくお伝えください。』っと、送信完了ー。」
日取は1週間後だ。真莉さんにも伝えておいた方がいいかな。準備させてから断るのは酷だ。棚からレターセットを出してきて、手紙を書く。これを明日投函しておけばいいだろう。
「そういえば、連絡先知らないな。」
「手紙書くのも楽しいし、知らなくてもいいか。」
前回より砕けた作法で手紙を書くのが、他人じゃなくなった証拠みたいでほんのりと嬉しかった。

■□■□■□■□■□
翌日、真莉さんから手紙が届いていた。家に戻ってから封筒を開ける。便箋が1枚だけ入っていた。
「『奇遇ですね。私もその日は用事があるんです。』」
「そっか、なら良かった。お茶会は再来週に持ち越しかな。」
便箋を折りたたんで封筒に戻す。封筒を棚に収めてから台所へ向かう。今日も目玉焼きだ。決して目玉焼きしか作れない訳ではない。目玉焼きこそは天より与えられし至高の調理法だ。うむ。今度目玉焼きモチーフの指輪でも作ってみようかな。誰が買うんだ。
「なんでも挑戦さ〜。」
「出汁巻き卵には挑戦しません。」
どう足掻いても卵料理から抜け出せない自分に泣けた。

■□■□■□■□■□
指定されたのは落ち着いた印象のカフェで、午前中なせいかあまり混んでいない。待ち合わせの20分前に着いてしまったようで、先に座って待つことにする。店員さんにあとふたり増える旨を伝えて、広いテーブルに案内してもらう。入り口の見える席に座って、メニューを眺める。コーヒーは豆から挽いているらしく、久しぶりにインスタントじゃないコーヒーが飲めることにひとり喜びを感じていた。店員さんをベルで呼んで、ブレンドコーヒーを頼む。虚空を見つめながら暇を潰して、コーヒーが運ばれてきた頃に店のドアが開いた。先方は取引先の人と一緒に来るらしい。ドアの向こうにいたのは果たして取引先の人だった。私に気づいて手を挙げる。私も手を挙げて応える。取引先の人の後ろにはもうひとり、影が見える。取引先の人がこちらを手で指しながら話しかけている。ドアの向こうから現れた人物と私は、ほぼ同時にお互いを指差した。
「真莉さん⁉︎」「庵さん⁉︎」
「あれ、お知り合いですか。」
「知り合いも何も……何でここに。」
「それはこっちのセリフ……庵さんって@home*さんだったの?」
「真莉さんはBloody_Scarredさんだったの?」
「もう私要りませんか?」
「「そうですね。」」
「では、失礼します。おふたりはどうぞごゆっくり。」
「「はい。」」
取引先の人は店員さんに会釈をして帰っていった。私と真莉さんは席に着く。彼女はやはり私の隣に座った。
「今日は仕事ですからね。」
「じゃあ正面に座ってはいかがでしょう。」
「そこは譲れませんな。」
「めちゃくちゃ公私混同してますけど……。」
「ところで、コンセプトは考えてきたんですか?」
「か、考えずに作ったってこと、バレてらっしゃる……。」
「まぁ私も考えてませんからね。」
「ならどうしてコンセプトが訊きたいなんて言ったんですか。」
「どんな人が作ったか気になっただけです。」
真莉さんはメニューをさっと見て、ココアを頼む。甘いものが好きなんだろうか。ホットミルクにも少し甘みが加えてあった気がする。
「だったら目的は達成された訳ですね。」
「はい。と言う事でお仕事終了です。敬語タイムも終わり。」
「切り替え早い。」
「ここからは楽しくお出かけ版お茶会。」
「お茶菓子も頼む?」
「チョコレートパフェ半分こしたい。」
「じゃあそれで。」
チョコレートパフェ(4、5人向け)を追加注文し、真莉さんのココアが運ばれてくる。彼女はそれを一口飲んで、熱かったのか舌を出す。
「そういう仕草だめ。」
「え?」
「直視できない……。」
「そんなに変な顔してた?」
「違う、逆……。ときめく。」
「ちょっ……!」
「あ、パフェ来たよ。大きいね。」
「切り替え早……!?」
「これ食べ切ったらどうする? 帰る?」
「…………うち、来る?」
「ん、やった。真莉さんの用意するモノ美味しいもん。」
「今日は大したものないけどね。」
ふたつ用意されたスプーンをそれぞれ持って、左右からパフェを食べ進める。チョコレートソースのかかったソフトクリームが口に涼しい。真莉さんはココアでやられた舌を一生懸命冷やしていた。癒される光景だ。見つめていたら彼女が顔を上げる。目が合って、彼女が俯いた。例の如く耳が赤い。
「なんかごめんなさい。」
真莉さんは俯いたまま首を振った。男だったら絶対に落ちてる。

■□■□■□■□■□
パフェとの戦いに勝った私達は、一緒に真莉さん宅に来ていた。彼女からすれば帰ってきただけだが。
「散らかってるけど。」
「散らかってるの基準おかしい。」
「そう? 今お茶淹れるね。」
「ついてっていい?」
「キッチンはもっと散らかってるけど。」
「私の家より綺麗な確信はある。」
そう言ってついて行った台所はやっぱり綺麗だった。真莉さんは慣れた手つきで紅茶の缶を取り出す。フタを開けると優しい香りが辺りに漂った。スプーンで茶葉をすくってポットに入れる。火にかけてあった鍋からお湯を注ぎ、タイマーをセットする。
「面白い?」
「うん、普段しないから。」
「さっきもコーヒー頼んでたもんね。」
「家ではインスタントだけど。」
「……お湯注ぐだけだね。」
「……壊滅的に料理が出来ないのでね。」
そうこうしているうちにタイマーが鳴る。真莉さんはタイマーを止めて、ポットとカップをお盆に乗せる。
「持つよ。」
「え? いいのに。」
「何もしてないから、私。」
手を伸ばす真莉さんをかわしてお盆を持つと、彼女はちょっと不服そうに見上げてきた。目が合う。数秒見つめ合う。彼女はまた耳を赤くして俯いた。俯いたままの状態でいつもの部屋に歩いていく。私も後に続いた。座卓にポットとカップを置いてお盆を床に置く。すでに腰を下ろしている彼女の隣に座った。
「誰とでも赤くなるの?」
「……庵さんだから。」
「……そうなんだ?」
真莉さんは一層深い角度で俯く。赤くなっている耳が流れる髪に隠れる。私はカップに紅茶を注いで、自分と彼女の前に置いた。彼女は少しだけ顔を上げてカップを手に取る。一口飲んでほっと息をついた。
「……今日はいつまで居てくれる?」
「いつでも、いいけど。」
「じゃあ、少し、こうさせてて。」
依然俯いたままの彼女は、私の肩というか二の腕に頭を預けてきた。
「……真莉さん疲れてる?」
「そうなのかも。」
「寝るならちゃんとしたとこで……。」
「……庵さんの隣がいい。」
「……本当、疲れてるね。」
柔らかい彼女の髪を撫でる。今度はされるがままだった。本当に寝てしまったのか傾いてきた彼女を支えて、なんとなく膝に据えてみる。太ももが暖かい。真莉さんの顔にかかった髪を払う。安らかな寝顔だ。カップの紅茶を飲み干してしまった私は、電気消したほうがいいのかな、と思いながら彼女の寝顔を見つめる。それから手を見る。さっきは気付かなかったが左手にはウサギが鎮座していて、ちょっとした照れが私を襲った。

 

もうちょっとだけ続きます。

スポンサーサイト

Comment

Add your comment

Latest

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。