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 蝶が見たいと思った。

 暗褐色の壁、床、天井に囲まれた小さな部屋。娯楽と呼べるものは壁の三方に寄り添うように設置された本棚、にまばらに収められた十数冊の本。本棚のひとつには穴が空いており、毎日の糧が気づけば置かれている。本棚のない壁には鉄格子の嵌った窓、ガラスは嵌っていないため雨や雪が時折吹き込む。手は届くが外の景色を伺い知ることは出来ない。空はいつも青かった。雲も雨も雪も青かった。
 ある時本で読んだ。本はいつの間にか入れ替わっており同じ本を一度として読んだことはない。その時読んだのは確か辞書で、細かい字が薄い紙にびっしり敷き詰められていた。蝶。ひらひらと舞う翅。外を飛ぶ昆虫。
 食事はいつも決まってロールパンひとつとひとかけのバターだった。パンを食べてしまってから、バターを掴んだ。窓に向かって投げた。届かずに壁にぶつかった。ぐちゃりと音を立てて潰れた。
 次の日も投げた。窓に届きはしたが今度は鉄格子にぶつかって向こう側へ落ちた。鉄格子の隙間に向かって投げられるようになるまで数日を要した。鉄格子の隙間を抜けた欠片も、向こう側へ落ちていった。
 寒くなってきた。バターを薄く削った。投げると、ぺたりと音を立てて床に着地した。雪を集めた。それでバターを冷やしてより薄く削った。一回転して落ちた。
 翅に重りをつけてみた。投げた。
「ああ、」
 鉄格子を抜けて、青い空へ。すうっと消えていく。

「蝶だ。」

 この部屋では彼の思ったことが全てだった。彼にとってそれは確かに蝶だった。
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201611202327
【特に意味はない。】

特に意味はないけれど。
これを文頭に配置するだけで、世界は少しだけ僕に優しくなる。

たとえば。特に意味はないけれど、僕は朝早く起きる。そして特に意味はないけれど
、朝食をとる。特に意味はないけれど歯を磨いて、特に意味はないけれど着替える。
それから特に意味も持たないまま、鞄を手に家を出る。

特に意味がないから、朝早くに起きる必要がなくなった。特に意味がないから、食欲
のない身体にシリアルを流し込む必要がなくなった。歯磨き粉の味が数十分間も口内
にとどまる必要もないし、わざわざ窮屈なネクタイで首を絞める必要もない。重い鞄
で腕が疲れることもない。苦手な上司のいる会社にだって行かなくていい。

特筆すべき意味がなくなれば、僕は僕を縛る柵からほんの少し逃れることができる。
特に意味はないけれど、自由になりたいじゃないか。本当の自由の中で何かを成せる
ようなのは偉人だろうけれど、僕は違うからある程度の制約は必要だ。だから、特に
意味はない。

特に意味はないけれど、時間が経てば腹が減るし夜になったら眠くなる。今日も僕は
特に意味もないけれど生きている。生きるも死ぬも自由だ。意味があることをするの
は自由じゃない。だから、意味はなくていい。こうやって屁理屈を書き綴るのも自由
だ。特に意味はないから。

世界に合わせる必要はないんだと、僕がそれに気づくまで数十年。特に意味はないけ
れど、それだけが唯一の免罪符。生きている意味がないのなら、何をしてもいいじゃ
ないか。

意味を意味で塗り込めなくてもいい。向かうべきは行きたい方角だ。行く意味のある
場所じゃない。特に意味はないけれど、その方が楽しい。意味のないことを苦痛に感
じるのなら、君とは此処でお別れだ。今日も僕は、特に意味もないのに酸素を吸うか
ら、君はそれに構わず探したらいいよ。見つかる保障なんて出来るものか。それは意
味のあることだから。ほうら、意味ばかりじゃ息苦しいんだ。そのまま生き苦しくま
でなってしまわないようにね。いつか意味が要らなくなったら、また会うかもしれな
いよ。その時は今日のこと、特に意味はないけれど水に流して、特に意味もないけれ
ど笑い合おうじゃないか。

まぁ君がどうするかは君が決めることだ。僕は特に意味もないけれど、君を待ってみ
ることにするよ。

じゃあ、特に意味もないけれど、きっとまた何処かで。

 

fin.

かるーい屁理屈も更新。

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201603061639
携帯でちまちま書いてたものたち。5

もしかしたら、今。
僕は夢の中にいるのかもしれない。

【揺れる車窓と僕の夢】

いつもそこは電車の中だ。
僕は二人掛の椅子に一人で腰かけている。窓とは反対の左側には紫色のリュックサックを置いていた。窓から流れていく景色は見知ったもので、僕の故郷だ。

なぜこんな夢を見るのか。
僕は自転車を普段使っているし、そもそも電車なんて一年に一回乗るか乗らないかだ。故郷の鉄道を利用したことなどおそらくない。
そんな僕が、なぜこんな夢を見るのか。

□■□■□■□■□■□

いつも僕は自転車に乗っている。僕は緑色のフレームの古びた自転車をこいで、どこかへ向かっている。鼻を掠めていく木々の香りは懐かしい、僕の故郷だ。

なぜこんな夢を見るのか。
僕はバイクを普段使っているし、そもそも自転車なんて小学生以来乗っていない。故郷の畦道を走ったのも、ずいぶん昔だ。

そんな僕が、なぜこんな夢を見るのか。

□■□■□■□■□■□

いつも僕は歩いている。
僕は紫色のリュックサックを背負って、舗装された道路を歩いている。少し砂利が転がった道路は、紛れもなく僕の故郷だ。

なぜこんな夢を見るのか。
僕は高校を卒業したら東へ引っ越したし、こうして砂利が転がった道路を歩くのもずいぶんと久しぶりだ。

そんな僕が、なぜこんな夢を見るのか。

□■□■□■□■□■□

いつも僕は上を見ている。
僕はバイクを停め、エンジンも切って満点の星空を見上げている。町の明かりに邪魔されない星は、僕の故郷の空だ。

なぜこんな夢を見るのか。

夢なのか。

そもそも夢とは何なのだ。

浮かんでは消えてゆく疑問を内々に押し止め、ひときわ輝いている星を目に焼き付けてから瞼を下ろした。

□■□■□■□■□■□

夢の中でも僕は、僕だ。
世界は案外水平に広がっているのかもしれない。

夢の間だけ、


僕は他の、僕になれる。

 

 

 

fin.

電車の中で暇だったもので、何か電車を題材のしたものを書こうと思ったのですが最終的に電車は全く関係なくなりました(笑”

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201311282046
携帯でちまちま書いてたものたち。4

 

+--+--+--+--+--+--+--+
何もしたくない日が、たまにある。

何となく、何もしたくない。気怠さとは少し違って、でも本質はさして変わらないのだろう。

ベッドの上で天井を睨み付けながら、いっこうに起き上がろうとしない自身の身体を恨めしく思う。
何もしたくない日が、たまにある。
まさに今日だった。


【雨降りの日の私とわたし】


『雨だから代われ。』ボーッとした頭のなかに声が響く。私だった。
「あー……うん……。」私に返事を返しながら、わたしはぎゅっと目を瞑る。窓のない、真っ白な部屋を思い浮かべた。部屋の輪郭がはっきりしていくに連れ、私の存在が明確なものになっていく。
『はい、こーたいっ。』私が差し出す手に触れると、わたしがこの部屋の住人になる代わりに私が外に出る。もっとも姿が変わったりはしない。あくまでわたしは私であり、私はわたしだからだ。
「くぁああ……。」私はベッドの上で大きくのびをした。自分のことを客観的に見るというのも、最初こそ違和感は覚えたものの今では馴れてしまっていた。
「今日は久々の雨だな……。早く梅雨になりゃいいのに。」私が出てくるのは基本的に雨の日だけだから、私は多分、雨が降るのを待っていると思う。
「お前の思考は私にも筒抜けなんだから、今日くらいはつまんないこと考えないでくれよ。」いつもは私の思考がわたしに筒抜けなことを棚にあげて、私はのたまう。
『じゃあ少し……眠るから。』そう言ってわたしは白い床に横になり、ゆっくり目を閉じた。

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「うお、こんなに溜まってやんの。」ほとんど山じゃん、と呟いて自分が眠っていた時間の長さを知る。あいつは大体1日に1枚ずつ描くから、紙束の量からして2ヶ月は眠っていたことになる。
「また、台詞のない漫画ばっか、描きやがって……。」積み上がった原稿用紙に絵は描かれていても、字は何一つ書き込まれていない。台詞を自由にいれて遊ぶ台紙みたいだった。

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インクが乾かないうちに触ってしまったのだ。わたしは救いようのないくらい擦れて伸びたインクと、黒く染まった指の腹を交互に見つめた。いくら見つめてももとに戻ったり、穴が開いたりと言うようなことはなかった。どうやらわたしに穴を開けるほどの眼力はないらしい。別になくても困らないからいいのだが。
「このページは描き直しかなー……。」がっくりと肩をおとし、2分前の自分を呪った。

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昔から絵を描くのが好きだった代わり、字を書くのは苦手だった。字で何かを表現すると言うことがとてつもなく難しく感じられて、作文や感想文はいつも白紙になってしまい、叱られてばかりだった。
絵なら、表現できるのに。
言いたいことがちゃんと言えるのに。
なんで、字なんてあるんだろう。全部、絵なら、いいのに。

窓の外では行き場をなくした雨の滴が、虚しく落下していた。

『知らないのか? 字だって絵の1種だろうがよ。』突然頭の中に響いた声は、わたしのような気もしたけど、別人な気もした。
「……え?」いきなりの展開に戸惑っていると、右手が勝手に動き出して机に積んであった世界史の教科書を手にとった。パラパラとページが捲られていき、茶色っぽいページで止まった。
『見ろ。象形文字だ。』そのページに描かれていたのは、鳥や皿の絵、そう、絵だった。
「これ、文字?」頭の中の声に問いかける。もう右手は自由になっていた。
『今は使われてないがな。』その声にわたしは少し落胆した。この文字なら、わたしも何か表現できると思ったのに。
『でもな、象形文字に限らずすべての文字は、絵を簡略化したものなんだ。』わたしを説得するように、声はゆっくり語りかけてくる。

『だから、嫌いになるなよ。字を、絵を。否定するなよ。』でも、やっぱり、字と絵は違う。そう思えてしまう。

『好きになるための手伝いならしてやるから。』

優しく微笑む、私の姿が、見えた気がした。

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「……?」いつも、1枚ずつ描いている漫画。台詞のない漫画。その中の1枚に、台詞が書き込まれていた。
「うわ……字きったな。」恐らく私が書いたのだろう。つまりそれはわたしの字でもあるわけで、結果的にわたしの字が汚い。

妖精が杖を振りかざす場面に『はげろ!!』、少年が頭を下げる場面で『ウッソ~!!』、剣士が走る場面で『セールスしつけぇよ!!』。
なんとか読み取れたコマには、ふざけてるとしか思えない台詞が書き込まれていた。
「あのなぁ……私。」呆れ顔でため息をつくが、吹き出しの中の台詞を消すことはしない。
「どうせ、自分じゃ埋めないんだから。」

わたしはまだ、字を好きになれないでいた。

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なんで、私は雨が好きなんだろう。私が代われと言うのは決まって雨の日だった。わたし自身さほど雨が好きではないから、私の思考はやっぱりわたしとはリンクしていないのか。

私はわたしで。
わたしは私なのに。

まるで他人みたいだ。

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『あめ。』何となく、口に出してみる。私が外に出ているうちに目が覚めてしまった。
『雨。編め。飴。アメ。』同じ発音で、違う文字で、様々なニュアンスがある。同じ音なのに、意味によって字を書き分けなきゃいけない。
『やっぱり、難しいなぁ……。』
わたしの目からこぼれた滴は、行き場をなくして真っ白な床へと落下していく。

『難しいことだらけだ。』

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いつもはふざけて吹き出しを埋めているけれど、今日は真面目に埋めてみることにした。
コマ1つ1つの動きを読み取って台詞を考える。既に描かれた漫画に台詞を埋めていくのは簡単ではなかったけれど、私はペンを止めなかった。
1つ1つ、丁寧な字で埋めていく。わたしが描いた、未完成の漫画。それを私が完成させる。わたしの努力が報われないのは、許せないから。

わたしは好きになろうとしてたんだ。わたしなりに頑張ってた。それを知らないやつがわたしを否定するのだけは許せない。
私だって字が得意なわけではないけど。

それでも。



「出来た。」

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コツコツと溜め込んでいた漫画、今日はそのすべてに台詞が埋め込んであった。

ふざけていない、丁寧で真剣な字で。

私が、わたしのために書いてくれたのだ。字が好きになれないわたしのために。

その原稿用紙に触れると、自然と涙が溢れた。頬を津伝って落ちた滴が、原稿用紙のインクを滲ませる。

『なんで、泣くんだよ。』

違うの、悲しいんじゃない。違うんだよ私。

わたし、嬉しいんだよ。

「ありがとう、私。」

窓の外ではまた、行き場をなくした雨の滴が落下していたけれど、私はわたしに代われと言わなかった。



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あれから頭の中に私の声が響くことはなくなった。
相変わらず字は苦手だけれど、以前よりは好きになれた気がする。

私にもらった原稿用紙は、まだ捨てられないでとってある。インクは滲んでるし、握りしめていたせいでくしゃくしゃになってはいたけど、紛れもなくそれはわたしの宝物だった。



私は、字が苦手だった。

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201311211902
携帯でちまちま書いてたものたち。3

【矛と盾と。】

何かを共有する喜び、と同時に自分だけの秘密をまるで暴かれたような、そんな居心地の悪さもある。

矛盾してるな、どんなことにも。
結局自分の都合のいいときにしか正論を振りかざさない。人間ってそういうものだと思う。不完全だとも思うし、それはそれで完成されているのかもしれない。

また矛盾だ。

たまに、こんな考えても仕方のないことが頭の中を空回りしていく。どうでもいい、で打ち切ってしまえばいい話なのに、自然と考えてしまう。人間とはまたそういうものなのかもしれない。

世の中に溢れる確定事項より遥かに多い不確定事項が、宇宙には存在している。

そんなもんなんだ。

総てを解っている人なんかいなくて、でも、判ろうとする人ならいる。人じゃなくて他の生き物でも、もしかしたら生き物じゃなくても。生き物というくくりは人間が勝手に作り出したものだから、本当は世界はこんなじゃないのかもしれない。

私に見えてる世界と、例えばあなたに見えてる世界はきっと違う、一種のパラレルワールドなんじゃないかと思う。

自分の世界は自分にしか見ることは出来なくて、逆に他人の世界を覗くことも、きっと出来ない。

言葉を手にした人類は、伝えることが、遺すことが出来る。

だから私は編み続ける。



物語の環を。

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201311211900
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